CCoE 連載 Vol.1 DX推進の鍵はクラウド活用にあり(1)

CCoEをDXとのかかわりから紐解いていく連載第1回目です。株式会社野村総合研究所の遠山陽介さんに解説いただきます。

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DX(デジタルトランスフォーメーション)について

 野村総合研究所の遠山です。本サイトを訪れた方でDXを知らない方は少ないと思いますが、クラウド活用、そしてCCoEとの関連性を述べるために概要だけ触れたいと思います。

 経済産業省が発表したDX 推進ガイドライン(Ver. 1.0)では以下のように定義されています。

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 企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズ を基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、 企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

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 現在、多くの企業では、既存ビジネスプロセスの高度化・デジタル化に取り組んでいます。例えば、RPA(Robotic Process Automation)等のテクノロジーを活用して自社の業務プロセスを自動化し、業務効率化・コスト削減を図るといった活動は広義にはDXと捉えられています。またコロナ禍により、人々の行動はリアルから非接触へと変化したため、オンライン営業や請求電子化、EC(電子商取引)など既存ビジネスプロセスのデジタル化は急速に進んでいます。

 ただし、これらデジタル化はDXのゴールではありません。経済産業省の定義にあるように、デジタル化によって得られたデータとデジタル技術を活用し(手段)、顧客体験(CX)、従業員体験(EX)を変え、ビジネスモデルそのものを変革していくこと(目的)がDXの意図するところとなります。多くの企業では、デジタル化の次のステップであるビジネスモデルの変革に向け、試行錯誤を重ねているのが実態となります。

 では、データとデジタル技術を活用しビジネスモデルを変革する上で、クラウドテクノロジーを活用することでどのような恩恵を受けられるのでしょうか?一見すると、クラウド活用はデジタル化のツールでありビジネスモデル変革とは関連性が薄いとも見て取れますが、私はそうではないと考えています。次節では、DX推進におけるクラウド活用の効果について説明したいと思います。CCoEとは

DX推進とクラウド活用について

 一般的にクラウドを活用することで得られる効果として、「システムの導入・運用コストを削減し、戦略領域への投資余力を生み出す」、「IT担当者をインフラの維持管理業務から解放し、戦略領域へのリソースシフトを促す」、「ハードウェアの調達を不要とし、システム構築の迅速性・拡張性の向上」などが挙げられます。メインフレームからのダウンサイジングやサーバの仮想化、オープンソースソフトウェアの台頭など、過去にIT業界で大きなトレンドとなったものはシンプルにコスト削減効果が期待できるものと考えることもできます。どんなに設計思想が優れており技術者の間で話題に上がったテクノロジーでも、それを採用することによりコスト削減が直ぐに連想できないものは大きなトレンドには成り得なかったと感じています。その点、「大量のハードウェアリソースを集約することで調達コストを下げ、その巨大なリソースプールの一部を従量課金で利用できる」というシンプルにコスト削減効果が期待できるクラウドの特性は、クラウドを一大トレンドに押し上げた大きな要因の一つであることは間違いないでしょう。

 ただしDX推進という点にフォーカスしてみると少し異なった側面を垣間見ることができます。「クラウド活用=コスト削減」だけに縛られるのではなく、それ以外の効果を最大限に活かすことがDXを推進する上で重要になります。ここでは代表的なものをご紹介します。

 

〇仮説検証の高速化

 前節で述べた通り、ビジネスモデル変革という困難な課題に直面した際、仮説検証という試行錯誤が求められます。従来はビジネスプラン(仮説)を支えるシステムを構築するには時間も費用も多大にかかるため、机上検証においてビジネスプランを反芻し、その成功確率を高めるアプローチを採用していました。これがクラウドを活用することにより、かつては徐々に、最近は急激に変わりつつあります。

 かつてはクラウドの特性である従量課金制が着目され、仮説検証アプローチで積極的にクラウドが採用されていました。スモールスタートで開始し失敗コストを低減したい仮説検証アプローチとクラウドの従量課金制がマッチしていたことが理由となります。ただし、クラウドを従量課金制のインフラとして捉えていた場合、この効果は限定的なものとなります。システム構築をアプリケーションとインフラに大別した場合、一般的にインフラにかかるコストは全体の2割から3割と言われています。つまり、アプリケーション領域にメスを入れない限りは、仮説検証に相応の期間と費用が依然として発生していたことを意味しています。

 昨今、クラウドの進化に伴い、アプリケーション領域でも大きな変化が起きています。プログラミングすることなくアプリケーションを開発できるクラウドサービスや、ECサイトやマーケティング、機械学習やデータ分析など特定のサービスや機能に特化したクラウドサービスが登場し、これらクラウドサービスを組み合わせる(インテグレーションする)ことで、本番サービスとしてローンチするスピードが飛躍的に高まっています。この結果、これまで机上検証やプロトタイプによる検証(PoCなど)としていた仮説検証プロセスを、本番サービスとして検証するアプローチが登場しつつあります。質の高い試行錯誤が必要となるDX推進において、この効果は絶大なものになっていくでしょう。

 ただし、複数のクラウドサービスをインテグレートする際や何らかの付加価値を付与する際に、一定のエンジニアリング力が求められる点は注意が必要となります。クラウドサービスを活用した高速な仮説検証に際し、エンジニアリング力の確保はこれまで以上に重要となってきています。

 

〇システムとしてのアジリティ確保

 経済産業省が発表した「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」では、複雑化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)がDXの足枷になると警笛を鳴らしています。システムが複雑化・ブラックボックス化する要因は多々あると思いますが、「オンプレミスで構築したシステムは、システム刷新のライフサイクルが長い」ことが要因の一つであると考えています。システム刷新はハードウェア/ソフトウェアのEOSLのタイミングに併せて検討することが多いのですが、一般的には5年~7年、延長保守等を受けることによってそれ以上となります。その間に小規模な改修を続けた結果、システムの複雑化・ブラックボックス化がゆっくりと進行し、EOSLのタイミングでは刷新リスク・コストが高まっています。その結果、基盤の老朽化取替のみで済ませてしまうことも多く、システムの複雑化・ブラックボックス化は更に進んでしまいます。

 クラウドを採用することでハードウェアのEOSL対応が無くなり、よりシステム刷新のライフサイクルが長くなると思われるかもしれませんが、実はそうではありません。クラウドは好む好まざるに関係なく進化し続けるため、その上で稼働するシステムは少なからず影響を受けてしまいます。また新規サービスが続々と登場し、それを活用することでシステムの機能向上、コスト削減が期待できます。その際にインフラ変更に伴うシステムテストを手動で実施し続けるのは非効率であるため、常に自動でテストが出来るような継続的デリバリーの仕組みを構築する大きな動機付けになります。結果、短期間に小規模システム刷新を行う流れが形成され、システムの複雑化・ブラックボックス化が自律的に抑止されます。

 DXを推進する上では事業環境の変化に併せて迅速に対応する能力が求められます。そのためにはシステムのアジリティ確保は重要なポイントになり、一部後ろ向きな理由もありますがクラウド活用はその一助となり得ます。ただし、企業には変化よりも長期安定を志向する機能も存在し、それをクラウドに載せることは得策ではありません。この辺りの見極めが今後重要になっていくでしょう。

 

〇変革推進に向けたマインドセット・スキルセットの獲得

 DX 推進ガイドラインで定義されているように、DXを推進する上で「組織、プロセス、企業文化・風土の変革」も重要となりますが、ここでもクラウド活用はその一助となり得ます。

 一例としてインフラ運用の考え方を例示します。これまで、特にIT部門のインフラ担当は、システム基盤の安定稼働が重要なミッションでありその実現に向けて多大な労力を割いていました。その性質上、安定稼働を揺るがす可能性のある変化に対して抵抗感を抱くことは致し方なかったと言えます。ただし、変化し続けるクラウド上で高品質なシステム基盤を管理するには考え方を変えざるを得ません。固定的な基盤を運用するのではなく、変化に対応し続けるための適切なクラウド運営が求められるようになり、変化に強い運営プロセスが自律的に形成されます。

 また、開発生産性にも大きな変化が生じます。クラウド上でシステムを開発しようとした場合、採用するテクノロジー・アーキテクチャ、また担当者のスキルにより、その生産性は「桁」が変わる時代になっていると感じます。均質性・同調性が求められた世界から、個々の力が求められる世界に変わる事により、社員の自律的な学習が促されます。

 このように、クラウド活用により組織も変わり得ますが、いつの時代も変化に対しては一定の抵抗が存在します。この抵抗力の強さは企業文化・企業規模などにより異なりますが、動摩擦係数と静摩擦係数の関係のように一旦動き出してしまえばその抵抗は徐々に薄れていきます。まずは小さく・少しづつでも良いので、変化し続けていくことが重要になるでしょう。

 

クラウド活用に向けて

 ここまで説明してきたように、DX推進に向けてクラウドを活用することは重要な手段となっており、更に今後は必要不可欠なものとなるでしょう。ただし、現時点においてクラウドを安全かつ効果的に活用できている企業は多くありません。特に大企業においては、連綿と受け継がれてきたプロセス・仕組み、そして人材の変革が求められ、経営陣がクラウド活用を声高に叫んだとしても思ったように進捗していない実態があります。そして、そのブレークスルーとして期待されているのがCCoE(Cloud Center of Excellence)という機能(組織)になります。次回はクラウド活用に向けてCCoEが求められる背景とCCoEの役割について解説したいと思います。

 

 

By 遠山 陽介 (株式会社 野村総合研究所)

 

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